hittyのブログ

ちょっと調子の悪いオヤジのネット起業奮戦記

「努力」は「夢中」に敵(かな)わない

ご来訪いただき、有難うございます!


34年前、大学生の頃に家庭教師をして
いた生徒さん(今はおっさん)に、


「…、先生?」


と 声をかけられました。マスクをし
ている上にメチャメチャ久しぶりなの
に、よく気が付いたなあ…、と驚きま
したが、


「先生のコトは忘れませんよ。僕の恩
師と言える人は先生だけですから…」


と嬉しいコトを言ってくれました。


彼がこんなコトを言ったのです。


「学年でビリから5番以内が僕の成績
の指定席だったのに、先生に教えても
らうようになって、公立高校は無理だ
って学校の担任に言われていた筈が、
結局たった1年で最初に行きたかった
学校より上のランクの都立高校に行け
て、その後大学まで行けたんですから
恩師は先生なんです」


とても嬉しいけど、キミは勉強をして
いなかっただけで、元々あった才能を
伸ばしただけだから、大したコトはし
てないよ、と答えました。


「毎回、開始時間より30分早く来てく
れて、キャッチボールをして集中力を
高めてから勉強を教えてくれたから、
いろんなコトが理解しやすかったんだ
と思います。先生が初めて家庭教師の
面接で来てくれた時、僕にどんな質問
をしたか、憶えていますか?」


う~ん、何て言ったんだっけ?


「中学校で勉強する9教科はどうして
この科目なんだと思う?キミの意見を
聞かせて欲しい、って訊いたんです。
そんなコト、考えたコトなかったから、
僕は何も言えなかった。そうしたら同
じ質問を父と母にもした。父も母も何
も言えなかったんだけど、先生は『正
解がある質問じゃないので思ったコト
を聞かせてください』って言ったんで、
父は『生きて行く上で必要だから』っ
て答えて、母は『教養として必要な科
目だと思います』と答えた。僕は『数
学なんか知らなくても生きて行けるし、
物理や化学だって生きて行く上で必要
だとは思えない。使わない人もいるよ
うな気がする。教養としても必要とは
限らないから、わかりません』と答え
たんです。そうしたら先生は『うん。
皆さん、いい答えだと思います。わた
しは、こう思っています。地球上で暮
らして行く上でラクをするため』。う
ちの家族全員、ビックリしました。そ
して父が、『息子の回答はあまりいい
答えではないと思いますが…』と言っ
たら、先生は『そうでしょうか?お父
さんやお母さんの言ったコトに対して
自分なりに考えた上でコメントしてい
ますし、自分では突破口を見つけにく
い、って素直に感じたまま答えてくれ
たので、これから家庭教師をやらせて
いただく上で、方針を立てやすいなあ
って感じましたよ』って言ってくれた
んです。これは僕の子供にも何度も話
したから、間違いありません」


そうだったね。最初の質問がそれだっ
たっけ?その話をしたのは憶えてるよ。


「そして、母がその日の最後に僕に向
かって『一所懸命努力して、先生の指
導に応えられるように頑張りなさい』
って言った時、先生は、『「努力」は
「夢中」に敵いませんから、わたしは
あまり彼に頑張って努力して欲しいと
は思いません。どうしたら受験を乗り
切るために夢中になれるか、という観
点でアプローチしてみるので、あんま
りガンバレってお尻は叩かなくていい
ですよ。あははは』って笑いながら帰
って行ったんですよ。父と母と僕の3
人でその日はズーッとその話を繰り返
して話しました。それから『地球上で
暮らして行く上でラクをするため』も
話し合いましたが、それには全く反論
出来ませんでした。父が『簡単な言葉
で核心を突くのが1番難しいのに、今
日だけで2つ、そういう言葉を残して
行ったね』と言って


・なぜ学校で9教科を勉強するのか?
『地球上で暮らして行く上でラクをす
るため』


・『努力は夢中にかなわない』


という2つを紙に書いて貼ったんです。
実はその後も、父は何か先生から話を
聞いた後は、必ず何か書いて貼ってい
ました。その紙に書いてあったコトを
僕は子供に伝えるコトで子供とうまく
対話できたような気がします」


そう言った後で、彼は照れたように、


「あの劣等生だった僕が今は中学校の
国語の教師ですよ。本当に先生とお逢
いできなかったら、こんな将来は考え
られませんでした。僕が野球部でピッ
チャーだったから、キャッチボールを
しながら、肩や肘に負担がかからない
ように下半身の使い方や回転を下から
上にどうやって伝えて行くかを教えて
くれたり、苦手な古文を百人一首でま
ず憶えてからカルタの楽しさと一緒に
文法も教えてくれたり、この歌は熱烈
なラブレターだよね、って言われた頃
から古文の苦手は克服し始めたような
気がします」


えっ?あのヨッシーが今は先生なの?
それはビックリだねー。でも、それは
ヨッシーが夢中になった証拠だね。良
かったね。


「それから先生に言われたコトの中で
今も子供や生徒達に伝えているのは、
『まず2時間やってみる。好きか嫌い
かはだいたいわかる。次は20時間やっ
てみる。どうやったらいいのかくらい
はわかって来る。次は200時間やって
みる。得意と言えるくらいになってい
る。2000時間やる頃には名人と言われ
るようになっている。2万時間はプロ
として達成する領域だよ』と伝えると
みんな、自分の好きなコトってそう言
えばたくさんやってるモノだなあ…っ
て気付くんです。ダンスや歌やスポー
ツと対象は様々ですが、好きなコトに
は自然と時間を使っている。先生に教
わったコトって古くならないんです」


そう言って頭を掻きながら、


「あの1年をいろんな人に伝えて行く
コトで僕の教師人生は成立しています。
今、考えても、本当に濃密な1年でし
た。ありがとうございます」


なんて言われて、わたしの方がテレて
しまいました。彼に、


「じゃあ、その1年の中で1番学習す
るコトに夢中になれるキッカケは何だ
ったの?」


という疑問を訊いてみました。古文の
百人一首の中に熱烈なラブレターが潜
んでいたという面白さ、とかいう答え
を想像していた、と思います。彼は、


「先生とキャッチボールしていた公園
で、先生がぼそっと言った一言でした。
先生は『樹木も生き物なんだよね…。
彼らの思いも言葉で理解出来たら簡単
なのにね。動かないけど生物なんだ。
そうすると、小さい我々人間にはわか
らないけど、天体も生き物なのかも知
れないね。ものすごく熱いけどマント
ル対流ていう流れが人間でいう血の代
わりかも知れない。地表が肌だとする
と、人間は勝手に建物を建て過ぎてる
のかも知れないよね』って言ったんで
す。なんだか全部書き留めておきたく
て、部屋に戻ってから全部先生にその
言葉を書いてもらったんです。そんな
ふうに考えたコトがなかったから、そ
ういうふうな自由な発想が欲しい!っ
てすごく思いました。理科系は苦手だ
ったので、言葉を勉強したくて国語の
教師になったんです。でも、地学とか
天体とか、ピンポイントでは理系でも
好きなジャンルは出来たんですよ」


そう言われてみると、「先生、公園で
言ってた木や地球も生物だっていう話
を、後で家族で話し合えるようにメモ
してくれませんか?とても面白い!と
思ったので…」って頼まれたコトがあ
ったなあ…と、ぼんやり思い出しまし
た。たぶん、今、彼が言ったようなメ
モを書いたような気がします。


家庭教師を頼んで来たお母さんからも


「Yくん、本当にありがとう。うちの
子、すごく変わったわ。なんだか楽し
そうに勉強したコトや考えたコトを食
事の時なんかに話して来るのよ。こん
なコト、今までなかったからお父さん
ともいい先生に会えてよかったねって
話してるの」


と何度か言われた記憶があります。彼
のお母さんとは、ファミリーレストラ
ンのバイト仲間だったので、2月~3
月に家庭教師の教え子が合格した後、
家族で合格報告で食べに来てくれたり
して、みんなから「先生ありがとう」
と言われているのを見て、頼んで来た
という経緯でした。


忘れていたコトを、わたしから影響を
受けた人が今、話してくれたりするの
はとても嬉しいモノです。


だからこそ、関わる人にはどんな時も
手を抜けないんだなあ…としみじみ思
います。わたしは忘れていても、相手
はしっかり憶えていて、それで人生が
決まった、という話は、少なくともこ
れからのわたしにも逆にとても影響す
る話だなあ…と思ったので、今週はこ
の内容にしました。


深く考えてシンプルに伝える。


学生の頃に戻った気持ちで、これから
も歩いて行こうと思います。